LOST MEMENTO 第一章~第一ドール・フローラ~1
これは数百年前のお話し
マスターと呼ばれる一人の芸術家のお話し
彼は音楽家として、画家として沢山の作品を世に送り出しているアーティスト
作風は独特で、もてはやされるには程遠い、知る人ぞ知る存在
才能はありました
技術もありました
沢山の演奏者から作曲の依頼が殺到し
マスター自身が演奏家としての以来も沢山来ていましたが
彼はけして依頼を受けようとはしませんでした。
誰かの為に演奏する事、誰かのイメージを曲にする事、誰かに言われて書く事
全てにおいて器用に出来る人では無かったからです。
彼は自分の思い描く世界でのみ曲を書き、自分の曲を演奏する為に楽器を
溢れ出るイメージを具現化するために絵を描く・・・
「私のファンはそんな私の曲を絵を気に入ってくれた者達だけで十分」
そう思い、ほそぼそと質素な暮らしをしている芸術家です。
彼は何度か女性と恋に落ち、溺れ、依存し、決別し、絶望する。
当たり前のような人生・・・周りから見れば普通の人生でした。
ただ一つだけ違ったのは、彼は感受性が異常に強かったのです。
絶望するたびに人を嫌いになり、心を閉ざし、孤独の道を進んでいったのです。
そんなある日、一人の男がアトリエを訪ねて来ました。
年齢は50代位でしょうか?小奇麗なグレーのスーツに身を包み
丸いメガネをかけた紳士といった感じの男性でした。
「人形を・・・ドールを一体作って下さい・・・」
彼は一言、ただその一言を残して消えていったのです。
当然ですが彼は人形師ではありません
「人形?何故・・・俺に?」
彼はつぶやきます・・・
が、不思議と不可能だとは思わなかったのです。
マスターは悩み、想像し、自分自身にどんな人形を作りたいのかを問いかけ
1体の人形を作り出しました。
マスターの持てる全てを費やし作り上げた第一ドールの誕生です。
イメージは大自然を象徴する緑
1体を作り上げるまでに数年の時を費やしました。
気づけば街では「マスターが死んだ、マスターが行方不明になった」など
数多くの噂が飛び交っていましたが、それも数ヶ月もすると忘れ去られ
現在マスターを覚えている者すらほとんど居なくなっていました。
「ふふっ、そんなものだよ、人間なんて・・・」
マスターは呟きます。
第一ドールはとても美しく、初めて作ったとは思えない出来栄えでした。
新しい世界を知ったマスターは次のドールの制作を考えていましたが
イメージが浮かんできません・・・
1体目は依頼を受けた事で制作した・・・
「2体目は?
・・・誰の為に?」
そんな事を考えつつ数日がたったある日
依頼人の紳士が姿を表しました。
「おおおっ!出来ましたね。」
「これは素晴らしい。」
と絶賛しながら初老の紳士は目をまん丸に開き
大きく腕を左右に開きマスターに近寄ってきました。
そしてマスターの両肩に手を乗せ
「この子は貴方のパートナーです。」と言いました。
「え?パートナー?」
と聞き返すマスターをよそに「これを・・・」
と依頼人の男は彼に一つの木箱を手渡し去って行ってしまったのです。
マスターは「お客さん!待ってください!人形を・・・ドールをお忘れですよ」
と追いかけ外へ出ますが、彼の姿は何処にもありません。
「まいったなぁ・・・どうしよう・・・」
困り果て、うなだれたマスターの視界に受け取った木箱が佇みます。
その木箱は重厚な作りで、とても古い物のようでした。
ドールをテーブルの上に座らせ彼は暫く悩み、そっと木箱に手を伸ばします。
箱にふれた瞬間、木箱が光を放ち、フタがひとりでに開きました。
中に入っていた物は、取ってのような形の物・・・
「こ、これは?いったい・・・」
見慣れない物の正体に想像を膨らませ、この物が一体なんなのか考えたマスターは
これがゼンマイを巻く取ってだと気づきます。
「こんな物、何に使うんだ?」
考え込む彼の目に飛び込んで来たもの
それは付けた覚えのないドールの背中のゼンマイでした。
マスターは不思議そうな表情で取っ手を差込み、ネジを回してみます。
その瞬間アトリエにある壁掛けの鏡から光が現れドール目掛けて飛んできました。
その光はドールの体内に宿るように入り込み、やがて消えてしまいました。
「あ・・・あぁ・・・何だったんだ?今の光は・・・」
ドールに近づきそっと抱き上げますが、特に変わった所は無いようです。
マスターは安堵し、大きな溜息をつきました。
元の位置にドールを座らせたその時、独りでにアイホールが開き
ドールが動き出したのです。
「うわぁっ!?な・・・あ・・・あぁ・・・」
マスターは驚きのあまり言葉も出てきません。
口をパクパクさせてドールを見つめます。
恐怖からか、何なのか、目を逸らすことが出来ません。
ドールは立ち上がりスカートのホコリを払いながら、マスターに近づいて来ます。
そして、マスターの目の前まで来ると真っ直ぐにマスターを見上げてきました。
「ごきげんよう・・・マスター」
「さぁ、わたくしと契約を・・・」
フランス人形の様な顔立ち、真っ白な肌にフォレストグリーンとクリムゾンのオッドアイ
ブラウンの綺麗なロングの髪、ダークグリーンのレースをあしらったマスターがデザインした
ドレスを着た少女のようなドールが言いました。
「え?契約?って・・・その前に・・・人形が・・・動いた?」
混乱しているマスターに近づき
「さぁ、契約を・・・」と迫るドール・・・
まだ混乱しているマスター
「落ち着け・・・冷静になれ・・・」
大きく息を吸い込み、肺が押しつぶされそうなほど大きく息を吐きました。
ドールの肩に手を置き
「どういう事だ?」と問いかけます。
「?」
呆気に取られた様な、きょとんとした表情で見つめるドール
「何も聞いていないのですね・・・いいでしょう。説明いたしますわ」
「わたくし達の生まれた訳を、そして今何故わたくしがここにいるのかを・・・」
暫く何かを考え込んでいるような表情を浮かべ、神妙な面持ちで話し始めました。
「わたくし達はこの世界の住人ではありません
鏡の中の世界LOST MEMENTOに生きる人間とでも言えば分かりやすいでしょうか?」
「え・・・?鏡の中の世界だって?」
「そうです。この世に存在する世界は貴方がたの生きる世界だけでは無いのですよ。
ただ、わたくし達に命を与えたお方は貴方達と同じこの世界の人間です。
今から数百年昔の一人の人間の手によって命を与えられました。」
「どのように命を吹き込んだのかを説明した方が良さそうですね・・・
わたくし達は元々、貴方と同じ人間でした
そのお方の子供としてこの世に生まれたのです。」
「しかしその当時国は戦争に明け暮れ、沢山の人が毎日死んでいく時代
生を受けたわたくし達も、いつまで生きられるかわからない
いつ殺されるかもわからない、そんな時代でした。」
当時を思い出したのか、ドールの表情がにわかに落ち込んでいくのが解りました。
「戦争は激化の一途を辿りいつ終焉を迎えるのかもわからない・・・
戦争の火はわたくし達の街まで迫って来ました。」
「あのお方はせめてわたくし達だけでも助けようと使ってしまったのです。
魔術を・・・
歴史の教科書にも載っているような魔女狩り・・・あれは本当にあった事なのです。
歴史上宗教や政治が絡んだ争い事のように説明されていますが
あれは全て事実を闇に葬り去る為の嘘なのです。」
「魔術は実際に存在しました。魔女は存在したのです。
魔女とは言っても女性だけが魔術を使えた訳ではありません
数少ないですが、男性にも魔術を使える者がいました。」
「あのお方もその一人でした。
では、何故魔術で戦争を終わらせなかったか?と疑問に思うかも知れませんが
当時は魔女狩りと戦争が同時に行われていました。
魔術を使ったなどと噂されれば、家族、親戚、血縁関係にとどまらず
関わった人間全てが殺されてしまうような世の中です。
簡単に魔術を使うわけには行かなかったのです。」
「うそだって・・・そうかぁ・・・学生時代に習ったけど確かに俺も
色々な違和感を感じながら聞いた覚えはあったけど、子供ながらに
何かを感じていたのかなぁ」
と、マスターは腕を組み当時を思い出します。
「あのお方はご自分の生命の全てを使い、わたくし達生まれたばかりの
あのお方の子供達を鏡の世界に送ったのです。
ただし、魔術を使うという事は命を削る事と同義
あのお方はわたくし達の魂に永遠の命を与え、身体を送り込む前に力尽きてしまった」
「魂だけの存在になったわたくし達は外に出る事も出来ず、鏡の世界を彷徨いました。
数十年程経った頃でした。
魔女狩りを逃れた魔女達がひっそり暮らす森に住む一人の女性がわたくし達の
存在に気がついたのです。」
「ただ、人間との交わりを魔女達は元々の力を失いつつあり、そして私達の肉体も
ない状態で私達を助け出す事までは出来ませんでした。
そこで私達に乗り移ると言うのが正しいのか分かりませんが、思いの強い物に魂を移す
力を与えてくれました。
いつになるか分かりませんが、思いのとても強い物体があればその物に魂を移し、
血の契約を交わす事で、現世で生きていく事が出来る力を与えたのです。」
「魔女がまだいるのか?・・・それにしてもここまで聞いても凄く非現実的な話だけど
実際に今ここに君が居るのだから事実なんだろうなぁ・・・」
とマスターは無理やり自分を納得させます。
「そしてその森から一人、思いの強い芸術家を探し入れ物を作れる物を探す使者が
選抜されました。
あなたにドールの依頼をしに来た男はその末裔でしょう。」
「わたくし達が現世に降り立ったのは2回目です。
前回は2~300年程前だったでしょうか?
その時も貴方同様思いの強い芸術家に出会う事が出来
何体かが魂を移す事が出来ました。
しかし、思いはマスターであるその者が死ねば自然と消えていくもので
その時はわたくし達も再び鏡の世界に戻されてしまいました。」
「そして数百年の時が経ち、貴方を見つけたのです。」
綺麗なフォレストグリーンとクリムゾンのオッドアイが潤んだ目で
マスターを見つめます。
「そして何のために?の答えなのですが、元々は目的を持って作られた訳では
ないのです。私達に存在している理由はありません。
がしかし、最近困った事がLOST MEMENTOで起きていて
存在理由があるとするなら、その事になるのではないでしょうか?」
「LOST MEMENTOは鏡の世界との名の通り、鏡の中に存在していて
現実の世界からは見ることも出来ません。
ただし何処かに存在している数百年前に作られた、魔力を帯びた鏡・・・
その鏡からだけは自由に現実世界と鏡の世界を行き来出来るとの
言い伝えがあります。」
「実際見たものはいないので、本当にそんな物が存在しているのかも
謎のままだったのですが・・・」
話し半ばでドールが黙り込んでしまいました・・・
「ん?」
「だったのですが・・・?」
不思議に思ったマスターは聞き返しました。
「どうやらその鏡が最近発見されたそうなのです。」
「先日トレジャーハンターが発見したと言う石で出来た大きな門です。」
マスターは自分の記憶を辿ってみます・・・
「あ!・・・でもあれは鏡じゃなくて門だか扉だかだったと思うんだけど」
「はい、魔境ですから見た目は鏡ではありません・・・
普段から誰にでも見えるような物ではないのです・・・」
「仮の姿に化けてると言う事か・・・」
マスターは顎に手をやり考え込みます。
「その通りです。そして一番恐ろしいのは、今その鏡を持っている者が
その重要性に気づいていない上に、世間に大々的に発表してしまった事・・・」
「その事が今回わたくし達が再びこの世界に来る事になった事と繋がりがあるのです。
わたくし達は、あの鏡を壊さなくてはいけないのです。」
「壊す?・・・何故?」
世界に一つくらいそんな面白い事があってもいいだろう。
それに現世に魔法使いなんて非現実的な・・・そんな話聞いた事がない。
道の一つくらい繋がってたってどうって事は無いのでは?
マスターはそう思い問いかけました。
「えぇ、人間とは強欲で勝手な生き物です。
そんな物があるとわかったら、必ずこちらの世界も自分達の物にしようとするに
決まっています。」
「いつ、わたくしたちの世界が脅かされるか分かりません。」
「うーん、確かに
鏡の秘密が公になったら間違いなくそうなるね。」
マスターは頷きました。
そして、何かを決意したかのように「よし」
っと声を上げ立ち上がったのです。
「その鏡が無くなれば君達の世界が脅かされる事もなくなる訳だよね?
だったら答えは簡単だ!その鏡を壊すか盗むかしてしまえばいいんだ!」
「え?確かにそうですが、その為にわたくしがこの世界に来たのですが
そう簡単にはいかないのではないでしょうか?」
と、ドールは驚いた表情で言いました。
「確かに、簡単では無いかも知れないけど、何とかしなきゃ・・・
君達の世界の存在が公になる前に何とかしなきゃいけないんだ・・・」
とマスターは立ち上がりドールを見下ろしニッコリと笑いかけました。
「一つ聞きたい事がある。最初に君は契約って言ってたけど、僕と契約する事で
どうなるんだい?」
とマスターは訪ねました。
「はい、わたくし達はこの世界の者ではありません
LOST MEMENTOから出ることで沢山の力を封印されてしまうのです。
その力の一部が解放されるのです。
力のないわたくし達ではきっと何も出来ない・・・」
そこまで言ってドールは俯いてしまいました。
「どうした?」
「はい、やはり生命力を貰う訳ですから気は進まないですよね・・・」
「・・・」
「生命力だって?・・・でもまぁ死ぬわけじゃないだろうし・・・」
マスターは暫く考えて切り出しました。
「契約は鏡を壊すまでで良いんだろ?永遠に訳じゃないんだろ?」
「はい、契約の証のこの首飾りをして頂いてる間、首飾りを通じて
力を貰うことが出来ます。
ただし、契約をする事で首飾りは貴方と一体化する為、契約時に多少の痛みが生じます。
契約自体はいつでも無効に出来ますわ
ただし、契約を解除してしまうと、わたくしたちはたちまち力を失ってしまうばかりか
この世界で力を使った反動で強制的にLOST MEMENTOに戻されてしまう可能性もあります。」
マスターは拳を強く握り決意します。
「なるほど・・・わかった・・・契約しよう・・・
このままじゃ何も始まらない・・・終わらせる為には始めなきゃいけないんだ」
ドールは驚きを隠せない表情でマスターを見ています。
涙など流すはずがない作り物のはずのドールの目に涙が浮かんでいました・・・
「ただし、これだけは約束してくれ、契約は鏡を壊すまでだ!」
「・・・はい、わかりました。ありがとう・・・ありがとうございます・・・」
ドールは泣きながらマスターにしがみつきました。
マスターがそっとドールの手にキスをした瞬間、マスターの胸が金色に光始め
ドールがしていた首飾りがマスターの胸に現れました。
そうして・・・
「うっ!?・・・う、ああぁぁぁぁぁぁ!!!」
激しい痛みとともに首飾りはマスターの胸に吸い込まれていきます。
「ぐぅううっ!!がぁぁああぁぁあぁぁぁ・・・」
激しい痛みに床を転げまわるマスター
・・・・・・・・
どれだけの時がたったのでしょう・・・
ふとマスターが意識を取り戻し目を開けた瞬間、飛び込んできたのは、第一ドールの心配そうに
見つめる顔でした。
第一ドールは目を覚ましたマスターを見て、よかった・・・と呟き、一粒涙をこぼしました。
小さな涙は陶器のような滑らかな頬を伝い、古びた床にこぼれ落ち小さくはじけました。
その瞬間、涙の雫が大きな光を放ち、中心に吸い込まれて行ったのです。
マスターとドールは光で眩んだ目を凝らし、光の中心を見ようとします。
金色に包まれた中心部には何か赤く輝く物がありました。
「んん・・・!?・・・こ、これは・・・楽器?」
目を細めシルエットを確認したマスターは呟きます。
そうです、そこに現れたのは真っ赤なベース
しかし、ただの楽器ではなかったのです。
それはLOST EMENTOの秘宝
森の木々や草花を自由に操る事の出来る楽器
「シソーラス・エッジ」だったのです。