LOST MEMENTO 第三章~四つの世界~1
マスターの姿が消えた魔法陣を見つめながら、
フローラとメルティーは大きくため息をつきました。
最初に口を開いたのはフローラです。
「サーベスト、ありがとう、もう下がっていいですよ・・・」
「解りました、ではまた何かありましたらお申しつけください。」
サーベストは深々と頭を下げ部屋を出て行きました。
ぼーっと一点を見つめたまま、まだ動けないでいるメルティー
「行ってしまいましたねお姉さま・・・」
と寂しげに小さな声で呟きます。
「そうね、行ってしまったわね。
マスター・・・本当に凄い方でしたわ、凄く繊細で情熱的ででも常にクールで・・・
行動派でやることはめちゃくちゃで、本当に凄い方でした。」
フローラは物思いにふけります。
「マスター・・・きっとまた会えますよね?」
メルティーは魔法陣に向かって話しかけるとくるりと振り返り
「さぁお姉さま・・・戻りましょう」
と声をかけフローラの手を取ります。
「そうですね、私たちは私たちの出来る事をやりましょう。」
フローラは何かを決意したように言いました。
ハートの国に戻ったメルティーを待っていたのはスペードの国の王子ジェイドでした。
応接間のソファーに腰かけ、出された紅茶が残り少ない所を見ると
長く待たせてしまったようです。
「メルティー何処へ行ってたんだ?」
ジェイドは少し怒ったような表情を浮かべています。
「ごめんなさいジェイド・・・お姉さまの所に行っていたの。」
と目をそらしたまま答えます。
「そうか、なぜ今日は俺が来るって解ってたのにお姉さまの所へ?」
「え?えぇ、昨日なぜかお姉様に呼ばれてる気がして・・・
そんな胸騒ぎがしてお姉さまの所へ行ったのですが、お姉さまがいらっしゃらなくて
おかしいと思いダイヤ王に詰め寄った所、あちらの世界に行ってる事がわかったんです。」
「あちらの世界って・・・何かあったのか?スペードの国では何も察知していなかたぞ・・・」
ジェイドは驚いた顔でメルティーに詰め寄ります。
「わ、私も詳しく聞いたわけではありませんので解らないですが
おそらくダイヤの王ワッシュバーンは占星術に長けた方・・・
星の動きからジョーカー国の鏡の微細な動きを読んだのだと思います。」
「占星術か・・・なるほど・・・」
ジェイドは顎に手をあて納得します。
「それで、あのおてんばのフローラ姫があちらの世界に乗り込んだ訳か・・・」
「はい、私がダイヤ国に行った時、
ちょうどお姉さまが向こうの世界から戻ってくる事が出来なくなり困っている所でしたので、
私がサーベストを呼んで向こうの世界と繋いで貰って直接救出に行ってきたという訳です。」
「なるほどな、大変だったんだな・・・
でも、泊まって来るなら一言言ってくれれば・・・」
「ご、ごめんなさい・・・
実はお姉さまと一緒に向こうでお姉さまのマスターだったネロ様も一緒に連れて来てしまって・・・」
「なんだと・・・!」
ジェイドは驚き両手で机叩きながら立ち上がります。
「それはまずいんじゃないか?向こうの人間を連れてくるのはこの世界のタブーだぞ!」
怒りを露わにしながらメルティーの肩を掴み、問い詰めます
「きゃっ・・・すみません。
でも、あの状況では仕方なかったのです。
それで、お姉さまの部屋に一晩泊まって頂き、先程向こうの世界に帰って頂いたのです。」
ジェイドの気迫に押されメルティーは涙ぐみます。
「そ、そうか・・・おとなしく帰ったんだな・・・そうか・・・」
妙な焦りを見せながらジェイドはメルティーから手を離しました。
「そんなに焦って・・・何かあったのですか?向こう側と。」
メルティーは不思議そうに問いかけます。
「いや、何もない・・・何でもないんだ・・・大丈夫だ・・・」
「そうですか?なら良いのですが・・・ひどい汗ですよ・・・
とりあえずわたしの部屋に行きましょう・・・」
メルティーはジェイドの手をとりお城に入って行きます。
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フローラは部屋で一人マスターとの事を思い出していました。
マスターが作ってくれたドールに入った時の事、マスターと過ごした数日間の事、
本当にもうダメだと思った時に助けに来てくれたマスターの事。
本当に短い時間だったのに何ヶ月一緒にいたような感覚に囚われ、
一つ一つを思い出してはクスクスと笑っていました。
そして、自分の両手を目の前で広げジッと見つめ、
シソーラス・エッジを手にした時に感覚を思い出し、強く掌を握ります。
トントンとノックする音が聞こえます。
「わたしだ・・・」
「お父様・・・どうぞ」
とフローラはダイヤ王ワッシュバーンを部屋に招き入れます。
「フローラ、帰って来たなら何故教えてくれないんだ・・・
私は心配で心配で・・・母さんに嘘を付き続けるのも大変なんだぞ・・・」
とダイヤ王は目に涙を浮かべながらフローラを強く抱きしめます。
「ごめんなさい、昨晩こちらに戻って来たのですが色々とありまして・・・」
とマスターの事を言うべきか黙っておくべきか悩みます。
「何かあったのか?私はお前をあちらの世界に行かせた張本人だ。
今は何が起きても可笑しくない状況だ。ちゃんと話してくれないか?」
ダイヤ王は覚悟を伝えフローラの目を見つめました。
フローラは暫くの間考え「わかりました、全て話します。」
と意を決した表情でダイヤ王の顔を見上げ、向こうの世界での一部始終をダイヤ王に話しました。
ダイヤ王は真剣にフローラの話を聞き、事実を飲み込み、
娘のやってくれた事の大きさに感謝しました。
「本当に大変な役目を・・・ありがとう・・・本当にありがとう・・・」
とフローラの手を取りしっかりと握ります。
フローラも父の手をしっかりと握り返し
「これはわたくしにしか出来ない事、国の為、世界の為を思えば大したことではありません。」
とダイヤ王の顔を見つめました。
「それに、話にはまだ続きがあるのです。」
そしてマスターを連れて来てしまった話をしました。
「そうか。」
ダイヤ王は吐息と共に言葉を零しました。
「フローラが信じた人だ、こちらの世界の事が解っても問題はないだろう。
しかし、しばらくは私たちだけの秘密にした方が良いだろうな。
あちら側の世界の話は昔話や神話にもよく出てくるが、
どれもこれも向こうの世界の人間を悪魔としてあつかってるからな。」
優しい表情で言います。
「お父様・・・ありがとうございます。
そうですね、国民を悪戯に怖がらせるのは良くないですものね。」
と言った矢先にハッと思い出します。
「ん?フローラ?どうしたんだ?」
と王が問いかけます。
「はい、メルティーにも口止めしておかなくては・・・と思いまして・・・」
と、フローラは焦った表情を浮かべ
「お父様、わたくしハートの国に行ってまいります。」
と言い残し、早々に部屋を出て行ってしまいました。
「フロ・・・!・・・まったく、本当にせっかちな子だ・・・」
とダイヤ王は頭を掻きながら大きくため息つきました。
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ハートのお城で汗を流したジェイドは、
メルティーの部屋で何気ない雑談を楽しんでいました。
すると突然ドアをノックする音が聞こえます。
「ジェイド様・・・ジェイド様・・・」
と執事のシャルロットが呼び掛けます。
「はい、はい?シャルロットさん、どうされました?」
「スペード国よりすぐに戻るようにとご連絡がありましたのでお伝えに参りました。」
とドア越しに伝えます。
「そうですか・・・わかりました、すぐに戻ります。」
ジェイドは眉をしかめ「どうしたんだろう?・・・」と独り言のように呟きました。
「メルティー・・・じゃあ帰るよ。」
立ち上がり、早々に帰国の準備を済ませドアに手をかけます。
「何かあったのでしょうか?」
不安そうな表情を浮かべながらメルティーはお城の門までジェイドを見送ります。
「ジェイド・・・次はいつ会えますか?」
メルティーはスカートをぎゅっと握り、寂しそうな顔でジェイドに問いかけます。
「わかんないなー、お城でなにかあったのかも知れないし、また連絡するよ、じゃあな。」
と素っ気なく言い残し、去って行きました。
しょんぼりしながら戻ろうとするメルティーを遠くから呼ぶ声が聞こえました。
振り返ると遠くから走って来るフローラの姿が・・・
「お姉さま?・・・ど、どうされたんですか?」
と驚いた表情でフローラを迎えます。
激しく息が切れ、言葉にならないフローラは口をパクパクと何か言いたそうにしています。
「お、お姉さま、とりあえず落ち着いてください。」
とフローラを抱きかかえるようにしてお城の中に案内します。
「シャルロット!シャルロット!!部屋にお水を持って来て!!」
遠くに向かって叫び、自室のソファーにフローラを座らせます。
「お姉さま・・・何故走って来られたのです?」
「ハァハァ・・・急いで・・伝えたいことが・・・あったのですよ・・・ハァハァ・・・」
とフローラは切れ切れに話します。
「お姉さまそんなに急いでいるなら、馬でも馬車でもありましたでしょうに・・・」
メルティーはフローラの手を取って少し微笑みます。
「そ・・・そう・・・でしたね・・・急いでいてスッカリ忘れてました・・・」
と今更気づいてハッとするフローラ。
「もう、お姉さまったら本当にそそっかしいんですから」
とクスクス笑うメルティー。
そこにシャルロットが水を持ってきました。
「メルティー様、お水でございます。」
「ありがとう。」
シャルロットから水差しとグラスの乗ったトレイを受け取り、テーブルに置きます。
フローラはそれに飛びつくように水を注ぎ、一気に飲み干すと大きく息を吐きました。
「ふぅーーーー・・・ところでメルティー、マスターの事誰かに話しました?」
と落ち着きを取り戻し話始めます。
「え?マスターの事ですか?ジェ、ジェイドには話しましたが・・・何かあったのですか?」
悪いことをしてしまったのかと、メルティーは焦りの色を浮かべます。
「そう・・・ですか・・・ジェイドに・・・で、そのジェイドは何処に行ったのですか?」
「はい、お城で何かあったのか、直ぐに戻るようにと使いが来たので、
スペード国に戻りましたが・・・」
「そうですか・・・ジェイドが誰にも話さなければ良いのですが・・・」
フローラは沈んだ表情を浮かべます。
「どうしたのですかお姉さま?何か問題が起きたのですか?」
「いえ、今問題が起きている訳ではありません。
元々あちらの世界の人間をこちらの世界に引き入れる事は禁忌とされています。
童話や昔話ではあちらの世界の人間を悪魔としている物も沢山あります。
ですから、今回どんな理由があったにせよ、
マスターをこちらの世界に連れて来た事は誰にも知られてはならないのです・・・」
「・・・お姉さま・・・確かにそうですね・・・すみません。
恋人とはいえジェイドに話してしまって・・・」
「話してしまった事はもうどうしようもありません・・・
ジェイドが周りに言いふらしていなければ良いのですが・・・」
ドーーーン
・・・・遠くで何か大きな音が聞こえました・・・
「お、お姉さま・・・今の・・・何の音でしょう?」
とメルティーの顔色が変わりました。
「テロ?・・・最近静まっていたのに・・・
またジョーカー国のテロ行為ではないですか?行ってみましょう。」
二人は部屋を飛び出し、煙の見える方向へ走り出しました。
現地は凄い野次馬の数で何があったのか見えない程でした。
「ねぇ、何があったの?」
メルティーは近くに居た国民に訪ねました。
「は、はい・・・姫様・・・詳しくはわかりませんが人が・・・
歩いていた人が突然爆発したとか。」
「そ、そうですか・・・ありがとう・・・」
メルティーは青ざめた顔で立ち上る煙を見つめます。
「また、ジョーカー国の・・・まさか自爆テロを仕掛けて来るなんて・・・
ここ数年の間大きな問題はなかったのに・・・まさか、鏡と何か関係が・・・」
フローラも血の気が引いた表情を浮かべ、恐怖で気が狂いそうなのを必死に抑えます。
辺は煙と肉が焼けた匂いが立ち込め、息がつまるようでした。
煙の先には巻き込まれた人の家族なのか、横たわった死体にすがり泣き叫ぶ女性の姿や
子供を抱きかかえ気が狂ってしまっている母親の姿
半身が吹き飛んで性別も解らなくなってしまっているもの・・・
もうそこは今までの平和なハート国の城下町ではなくなっていました。
「フローラ・・・フローラ・・・!大変だ!!」
遠くから馬の蹄鉄の音と共に聞こえてくる声それはフローラの恋人、
クローバー国の王子マクレーンでした。
「マクレーン・・・どうしたの?何をそんなに・・・
汗でびっしょりじゃない・・・それにどうしたの?その腕のケガ・・・」
フローラは必死に冷静さを保ちながら話しかけます。
「フローラ・・・落ち着いて聞いてくれ・・・君の国が・・・ダイヤの国が大変なんだ・・・」
「え・・・?どういう事です?」
一瞬にしてフローラの顔が歪みます。
「ジョーカーの奴らが・・・ダイヤの国で自爆テロやりやがった・・・
かなりの死傷者が出て国中大混乱だ。
それも、どうやら俺の、クローバー国でも同じ事をやりやがったみたいで
俺も直ぐに城に戻らなくては・・・
兎に角、フローラにすぐ知らせなきゃと思って・・・城まで送るから乗れ!」
「わかったわ・・・ありがとう・・・でも・・・ここも酷いことに・・・
妹が心配で・・・私・・・」
フローラはどうしていいのか解らず顔が青ざめ震えています。
「お姉さま・・・私はハートの国の姫です。自国の事は私が何とかいたします。
お姉さまも早くダイヤの国にお戻りください。」
と、不安を必死に押し殺し気丈に振る舞います。
「メルティー・・・ありがとう」
フローラはメルティーを強く抱きしめ、馬に跨ります。
「メルティー無事で居てね・・・マクレーンお願い。」
メルティーは不安を押し殺し、唇を噛んで笑顔を作り、二人の姿が見えなくなるまで手を振ります。
「お姉さまもどうかご無事で・・・」
マクレーンの馬は猛スピードで走り去って行きました。
「どうして・・・なぜこんな事に・・・私たちが何をしたって言うの・・・
酷い・・・酷すぎる・・・」
メルティーはフローラが見えなくなると、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ち、
堪えていた涙が一気に溢れ出して来ました。
「姫様・・・姫様ご無事でしたか!」
それは騎士団長のアルフレッド・キャスパーでした。
キャスパーは馬から飛び降り、メルティーを抱き起こします。
周りを見回すとそこには、到着したばかりの騎士団が副団長の指示で
生存者の救出を行っているところでした。
「うぅ・・・ありがとうキャスパー。私・・・私・・・しっかりしなきゃ・・・」
嗚咽でうまく言葉にできません・・・
「姫様大丈夫です。後はこのキャスパーにお任せください。
とりあえず姫は城にお戻りになってください、王が心配しております。
さぁ、お送りいたします。お乗りください。」
とキャスパーが手を差し出します。
「ありがとう・・・解りました・・・でもキャスパーはここで救出の指揮を取ってください。
私は一人で大丈夫です。今は私の事よりも国民の事が優先です。
私は一人で城に戻りますからキャスパー馬を・・・馬を貸してくださいます?」
と、メルティーは不安を押し殺して気丈に振る舞います。
キャスパーは馬から飛び降りメルティーの前に膝を付き
「喜んでお貸し致します。」
と、手綱を渡しました。
「ありがとう、ではキャスパー後の事はお願いします。」
そう言い残すとメルティーは馬に跨り、城に向かって走っていきました。
泣き出したい気持ちを必死で抑え、
「兎に角今は気丈に・・・辛いのは私じゃない、国民なんだ・・・」
と自分に言い聞かせ必死に馬を走らせます。
「姫様・・・お辛いでしょうに・・・
人一倍国民の事を気にかけているお方ですから・・・」
「さぁ、一人でも多く救出するのだ!これ以上姫様に悲しい思いをさせてはならないぞ!」
とキャスパーの叫び声が荒れ果てた城下町に響きます。
メルティーは城に向かいながら考えます。
「なぜ?なぜ今になってジョーカーはこのような事を・・・?
やはり鏡が関係しているのかしら?
だとしたら・・・この国だけの問題じゃなくなってしまうわ。
いえ、この国どころかLOST MEMENTOだけの問題じゃなくなってしまう。」
「ネロ・・・マスター・・・マスター助けて・・・私どうしたら・・・」
メルティーは涙を拭いながらマスターの事を思い浮かべます。