LOST MEMENTO 第二章~鏡の世界~1
鏡に入った瞬間後ろから「ゴトッ」という音が聞こえ、驚いたマスターは振り返ります。
しかし眩しい光に包まれ何も目でとらえることができません。
隣を歩いているはずのフローラに目をやると、ドールだったフローラの姿はなく
光り輝くオーブのような物が徐々に形を変え、人の形になっていきます。
「そうか・・・フローラがこっちの世界に行く為には思いの強い物が必要だって話してたよな。
鏡に世界に戻るときは元に戻るんだなー」
マスターは頭の中で思考を自己完結します。
元に戻ったフローラは服装こそ違いますが、
顔立ちなどはドールの時とさほど変わっているようには感じませんでした・・・
鏡を通るとそこは石で作られた小さな部屋・・・
色々な物が積み上がっていて、どうやらお城の物置のような場所なのでしょうか?
そこには一人の黒いマントのような物を羽織り、長い口ひげを蓄えた老人が立っていました。
「お帰りなさいませ、メルティーお嬢様、フローラお嬢様」
「ただいま、サーベスト」
とフローラとメルティーは声をそろえて答えます。
2人を笑顔で受け入れたサーベストでしたが、
背後に立つマスターの顔を見て驚きの表情を浮かべるとみるみる顔が青ざめていきます。
「お嬢様・・・!!このお方は・・・?ま、まさかあちらの世界の・・・」
「え・・・あ!お、俺は・・・」
「そうよ?お姉さまのマスターだったお方。向こうで色々とあって連れて来ちゃったの・・・」
とメルティーはマスターの話を遮りニッコリと笑って答えます。
何やら雲行きが怪しそうです。
「お嬢様それはなりません!ハート国の王は・・・ご存知なのですか?」
と焦りの表情を見せます。
「私のお父様は私があちらの世界に行ってる事すら知らないわ。
だってここはダイヤの国・・・この事を知っているのはダイヤ王だけ・・・」
と、悪戯な笑みを浮かべてメルティーは答えます。
「それではお嬢様・・・このお方を何故・・・」
困った様子のサーベスト、落ち着かないのか周りをきょろきょろと見回しています。
「詳しい事は今度話すわ・・・とりあえずあなたはこの事を何も知らない。」
・・・いいわね?」
フローラは念を押すように強い口調で言います。
「ふぐっ・・・・・・はい、承知致しました。」
不服そうにサーベストは答え、そのまま部屋を出て行ってしまいました。
「メルティー色々ありがとう・・・今日は泊まっていけるのかしら?」
くるりと振り返りフローラが訪ねます。
「はい!そのつもりで遊びに来たらこのような事になっていたので・・・
お父様にはお姉さまの所に遊びに行って来ると伝えてあるので大丈夫です。」
フローラの手を取り嬉しそうに答えるメルティー。
「よほど仲の良い姉妹なんだろうな・・・」
1人置いてけぼりのマスターは口に出さずに見守ります。
「そう、ではとりあえずわたくしの部屋に行きましょう。
マスターも色々聞きたい事がおありでしょうし、誰かに見つかってしまったら大変です。」
「そうですね、お姉さまの部屋に行きましょう。」
余程嬉しいのかメルティーはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねています。
フローラは扉を少しだけ開け部屋の外に誰もいないことを確認し、
そっと部屋を出て二人についてくる様に指示します。
その合図でマスターとメルティーは扉の外に出て、
フローラの後に続き長い螺旋階段を下りていきます。
階段を下りた所に木で出来た小さな扉があり、
フローラはまたそっと扉を開き外の様子を確認します。
右、左、もう一度右・・・誰もいない事をよく確認し、再度二人を招きます。
扉の外に出るとそこはまさに王道な城の中といった作りになっている。
先が見えないほど長い廊下の真ん中には真っ赤な絨毯が敷いてあり
今出て来た木の扉以外の扉は同じ木製でも重厚な作りで、高価な金で出来た飾りがついていました。
「すごい・・・フローラがお姫様とは聞いていたが、本当だったんだな。」
マスターの口から吐息と共に、思っていたことが言葉となって漏れ出します。
「しっ!」とメルティーが唇に人差し指を当て
「あとちょっと、我慢ですよ。」
と微笑みながら小声で言います。
ごめん・・・とマスターは声に出さず謝ります。
ん・・・?こんなこと前にもあったような気がするな・・・?
廊下をそっと音を立てずに歩いて行くと、下の階に降りる大きな階段があり
そこにも真っ赤な絨毯が敷いてあっりました。
フローラの部屋はその階段の手前、一番綺麗な飾りが付けられた扉の部屋のようでした。
その扉の前で立ち止まり、自室の扉を「コンコン」とノックし、
扉に耳を付け誰もいない事を確認してから二人を招き入れます。
「さあ、中へどうぞ。」
と扉の端に立ち招き入れるフローラ。
「どうぞー!」
とフローラのマネをして反対端で招き入れるメルティー。
「あ、あぁ・・・じゃあお邪魔します。」
と、緊張した面持ちで室内に案内されるマスター。
招き入れられた室内を見てマスターはその豪華さに目を奪われます。
部屋に入るとまず目に入ったのが、豪華な細工が施され、
金色に縁どられピンク色の革が張られたソファーと、
真っ白な大理石の真ん中にバラの模様が入ったテーブルでした。
その奥には白で縁どられた大きな窓があり、窓の外には大きなテラスが見えます。
「す・・・凄いな・・・この部屋だけでいったいいくらかかってるんだ?」
と現実的な計算を始めるマスター。
「ここにある家具は全てハートの国にある王族専門の家具職人が作った品々ですよ。
いつもとても素敵な家具を作ってくださるんですの。」
フローラはどこか誇らしげです。
「さ、とりあえずくつろいでくださいませ」
とソファーの方へ招きます。
ソファーに腰掛け落ち着かない様子のマスターに、メルティーがお茶を運んできます。
「マスター紅茶です。どうぞ」
とマスターの前に綺麗な淡い紫のティーカップが置かれます。
「あ、ありがとう・・・」
「フフフッ、そんなに緊張しないでくださいませマスター」
強張るマスターの顔が余程珍しかったのか、
笑いながら言うフローラを横目にマスターが質問します。
「あのさ、フローラは鏡を通る時に俺の作ったドールから抜け出して
本来のこちらの世界の人に戻ったと思うんだけど・・・
なんか顔立ちとか全然変わってないように見えるんだけど、どういうこと?」
マスターはまじまじとフローラの顔を見つめます。
「あら?話していませんでした?
ドールに魂が宿ると、体格などはその入れ物の形がほとんど残るのですが、
顔立ちは本来の形に変化するのですよ。
そうじゃないと・・・んー・・・」
口元に手をやり、次の言葉を考えているようです。
「では、例えばこちらの世界から3人向こうへ行ったと仮定しましょう。
入れ物が全く同じ形の3体だったとしたら、誰が誰だかわからなくなってしまいますでしょ?」
私わかりやすい回答をしたんでしょう!と口に出さなくても分かるような自信満々の表情です。
「うん、確かに・・・ただ、何故顔だけなのか?ってところが知りたかったんだけど・・・
おそらくフローラも詳しい事まで理解している訳ではなさそうだから、
あまり追求しない方が良さそうだな・・・」とマスターは自身の思いを飲み込み
「なるほどね、そうゆうことか!」と納得したフリをします。
「じゃあ次の質問!こちらの世界と俺の居た世界をつなぐ鏡は盗んだ鏡だけなんだよね?」
「えっと・・・おそらく・・・」
とフローラは曖昧に答えます。
「ん?おそらくってのはどうして?」
「発見されているものは1つなのですが、
本当に一つなのか?と言うところは誰にも解らないのです・・・
言い伝え上は一つですが、偶然が1度しか起こっていないとは言い切れないですし、
もしかすると偶然ではなく作り方を確立している魔法使いがいるのかも知れないですし・・・
兎に角とても広い惑星なので解らないことの方が多いのです。」
「そうゆうことか・・・考えても仕方がないって事だね・・・」
まるで雲をつかむかのような話にマスターは苦笑いを浮かべます。
「じゃあ俺のアトリエとこっちの世界を繋いだのは?」
「はい、あれは一時的なものでほんの数秒しか持たないうえに、
行き先に思いの強いものがあるという条件の素でしか発動しないのです。」
「なるほど・・・じゃあもうひとつ・・・メルティーが来たのは?」
好奇心旺盛なマスターの疑問は尽きません。
「はい、これもかなり特殊な魔法で、わが国ではサーベスト以外は使えないですし、
長時間繋いでいる事はやはり不可能です。
魔法陣を使っている分数時間なら耐えられますが、
先に入れ物が無い場合私たち自身が数分しか向こうの世界へ行けないので・・・」
「そうか、出入り口が出来ても君たちの魂自体の問題もあるって事か。」
「はい、その通りです。」
とフローラは沈んだ表情を浮かべます。
「なるほどね・・・ふぁあぁぁぁぁーーーー」
マスターは大きなあくびをします。
「ふふっマスター?今日はもう遅いですしお休みになられてはいかがですか?」
とメルティーが毛布を持って来てくれます。
「ありがとう、そうだな、一日で色んな事があったもんな・・・さすがに疲れたよ。
お言葉に甘えて休ませてもらおう・・・」
とマスターはもぞもぞとソファーに横になり直ぐに目を閉じました。
「では、わたくしたちは隣の寝室で寝ていますので何かあれば呼んでくださいね。」
と言うフローラの問いかけに返事はありませんでした・・・
マスターの寝息が広い部屋に小さく響きます。
「はあぁーーー」
フローラは大きく息を吐き寝室の扉を開けます。
メルティーはフローラが部屋に入るのを確認してからマスターに近づき
ツンツンっとほっぺを突っつきます。
「ん、んんん・・・」
唸りながらそっぽを向くマスターに更にツンツンと悪戯をしますが反応がありません。
メルティーは片方の頬を膨らませてマスターの寝顔を見つめ、
更に悪戯をしようとしたところ
「メルティー・・・メルティー・・・悪戯しちゃダメですよ・・・
マスターは疲れてるんですから・・・早く来なさい・・・」
とフローラに叱られ、更に頬をプクっと膨らませます。
もう一度マスターを突っついて
「楽しいッ」と一言残して寝室に駆けて行きました。
「お姉さま?ところでマスターの事ですが、どうするおつもりです?」
寝室の扉を閉めると唐突にメルティーが問いかけます。
「・・・そうですね・・・正直何も考えていないのですよ・・・
状況が状況でしたのでとりあえず連れて来てしまいましたが・・・
先の事を考えてる余裕もなかったですし・・・」
少し困った顔を浮かべたフローラ。
「そうおっしゃると思ってました・・・
ですが、この世界にあちらの世界の人間を招くのは本来であれば禁忌・・・
タブーとされて来たのですから。」
「それは解っています・・・
ただ、今回はかなり特殊な事例ですし・・・
明日お父様に相談してどうするか決めましょう・・・」
フローラも頭の中の整理がついていない為、いいアイデアが何も出てきません。
「そうですよね、わかりました・・・」
と言うとメルティーはフローラの腕にしがみついて寝てしまいました。
「メルティー?・・・メル・・・
もう寝てしまったのですか?・・・相変わらず甘えん坊なのですからこの子は・・・」
と言ってメルティーの頭を優しく撫でてフローラも眠りに着きました。
翌朝・・・
最初に目を覚ましたのはメルティーでした。
フローラの腕枕で寝ていたメルティーは腕の間をかいくぐり、そっとベッドから出ます。
足音を立てないようにゆっくりと寝室と隣の部屋をつなぐ扉の方へ歩いていき、
扉を開けマスターの寝ているソファーを覗きます。
「おはよー」
と窓際からいきなり聞こえたマスターの声。
「ひゃっ!!!」
驚いて小さな声を上げます。
「お、おはようございます。もう起きてらしたんですね。」
メルティーは少し涙ぐみドキドキする胸を押さえて答えます。
「あぁ・・・あまり眠れなくてね・・・」
反応が面白くてマスターは少し笑ってしまいました。
「そうですか・・・まぁ、無理もないですね・・・
いきなり知らない世界に連れてこられて、
姫の部屋で寝ろって言われても落ち着かいないですよね。」
へへへっと先程の失態を隠すように少し笑って見せます。
「まぁね・・・色々気になっちゃって・・・
あ!いや、隣の部屋で可愛い女の子が寝てるのがじゃなくて、この世界の事がだぞ!」
――――――
静まり返る部屋・・・
「・・・いま・・・なんて言いましたの?」
「・・・え?この世界が?」
メルティーの反応がなんだか怒っているように思えてマスターはしどろもどろに答えます。
「そこじゃなくて、もっと前です。」
メルティーは深刻そうな顔で答えます。
「もっとって・・・んーっと可愛い女の子が・・・」
「可愛いですか?それってお姉さまの事です?それとも私の事です?」
と言いながら腕にしがみついて来ます。
「・・・ブフッ!!」
マスターは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになるのを必死にこらえながら答えます。
「え?あの・・・えっと・・・
そ、そりゃあメルティーの事に決まってるじゃないか。」
マスターの顔は真っ赤になっていました。
なんて恥ずかしいことを言ってしまったのでしょう。
「ほんとに?可愛いですか?
・・・きゃ・・・!!」
とメルティーは突然顔を隠します。
「え?どうしたの?」
マスターは驚いてメルティーの側に駆け寄ります。
「いや・・・あの・・・寝起きの顔可愛くないので・・・あまり見ないでください
メルティーの顔も先程のマスター同様真っ赤です
どうやら自分が化粧のしていない素顔のままであった事を忘れていたようだ・・・
「なんですか?朝から騒がしいですね。」
と隣から声が聞こえたと同時に扉が開きフローラが姿を現しました。
「メルティー・・・すっかりマスターの事が気に入ってしまったようですね・・・」
「い、いや・・・そ、そんな事ないですよ・・・私にはジェイドがいるのですから・・・」
とメルティーは焦りながら答え、マスターから慌てたように離れます。
マスターはようやく解放されてホッとしたような、
でも少し残念なような微妙な気持ちでポカンとしています。
「ん?ジェイド?」
聞きなれない名前に疑問を抱き復唱します。
「ジェイドはスペードの国の王子で、まだ婚約している訳ではないのですが
一応メルティーのフィアンセのような方ですわ。」
とフローラが説明します。
「ちょ・・・お姉さま・・・余計な事言わなくても・・・」
「あら、本当の事じゃないですか・・・」
フローラはきょとんとした顔をしています。
「そうなんだ・・・フィアンセか・・・ちぇ・・・」
・・・・
少しの沈黙が流れ
ハッとマスターが我に返って
「え?あ・・・俺、今なんか言った?・・・」
と焦りながら言います。
「い、いえ・・・何も・・・」
と二人とも横を向いて誤魔化します。
フローラは少し咳払いをし
「マスター真面目な話しなのですが、どうされますか?今後・・・」
と深刻そうに訪ねます。
「・・・?今後って?」
と不思議そうに聞き返すマスター。
「いきなりこちらの世界に連れて来られてまだ混乱してると・・・」
フローラが話してる途中でマスターが話を切り替えします。
「それって、こっちに残るか帰るか?って聞きたいんだろうけど・・・
俺は元の世界に帰るぞ!
やり残した事だってあるし、今回の事でやりたい事も出来たんだ!
俺は元の世界で夢を叶える!」
はっきりと強い口調で話します。
「マスター・・・帰っちゃうのですか?」
メルティーが寂しそうな顔でマスターに近づき袖口を掴みました。
「あぁ、帰ってやらなきゃいけない事もあるし、それに・・・
誰かが向こうの世界で鏡を見張らないといけないだろ?
だから、その為の環境を俺が作らなきゃ・・・」
マスターにはもうある程度の構想が出来ているようです。
<br/>
「フローラ、たったの数日間だったけど楽しかったよ。
普通に生活してたら出来ない体験をたくさんさせてもらった・・・ありがとう。」
自分の気持ちと現実と、どちらも優先することができずフローラは寂しげに微笑みました。