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LOST MEMENTO 第一章~第一ドールフローラ~2
驚きの表情を隠せない第一ドールは、シソーラス・エッジをそっと手に取りました。
「話で聞いた事はありましたが、それはあくまでも昔話や絵本の中のお話で
まさか実在しているとは思いませんでしたわ・・・」
「LOST MEMENTOはこれを私に・・・」
ドールはシソーラス・エッジをそっと抱きしめます。
壊れ物を扱うかのように優しく・・・
その横でようやく気が付いたマスターは状況が飲み込めず困惑していました。
「うぅ・・・なんだ?何が起きたんだ?」
そんな彼を見て我に返ったドールは決意を新たにしたように前を見据えました。
「マスタ、あなたは作曲家でしたね・・・」
吸い込まれそうなほど透き通った左右色の違うグラスアイ
まっすぐにマスターを見つめながら続けて言葉を紡ぎます。
「私に奏でる曲を書いて頂けませんか?マスターの思いが強いほど
このシソーラス・エッジはより強い力を発揮できるのです。」
「え?・・・あ・・・う・・・うん」
「なんだかよくわからないが、わかった!」
マスターはピアノに向かい曲を書き始めます。
今まで誰かの為にと書いた事のなかったマスターの曲達。
ですが、不思議と第一ドールの事は自分のように思え
次から次へとイメージが湧き出て来ます。
何日も何日も、沢山の曲達を作り上げて行きました。
「凄い・・・凄いですよ・・・
どの曲も物凄く大きな思いが・・・力が・・・
マスターの思いの強さが私の力に・・・」
何日たったのか・・・
昼も夜も忘れ、寝る事も無く書き続け、日にちの感覚もなくなった頃
マスターは力尽きてそのまま眠ってしまいました・・・
どれだけ眠っていたのか・・・
カーテンの隙間から差し込んだ朝日に視界を遮られ
微睡みながら目を開けると、必死に譜面を見つめるドールの姿が飛び込んで来ました。
「あら、お目覚めですか?マスター・・・」
第一ドールはマスターを見つめ柔らかな微笑みを浮かべます。
「あなたの書き上げた全ての曲は記憶しました、それでは準備を整えて
出かけましょう・・・」
マスターはキョトンとした表情で
「出かけるって?何処に?」と問いかけます。
ドールは小さくため息をつき、呆れた顔で
「マスター・・・約束をお忘れですか?」と返しました。
「いや、そうじゃなくて・・・手掛かりがないじゃないか・・・」
「大丈夫です。マスターが眠っている間に調べはついています。
鏡の持ち主は偶然にもこの国にいます。」
「え?そうなのか?」
予想外の展開にマスターは少し戸惑いの表情を浮かべました。
「はい、どうやらこの国の国家機関の考古学研究所施設で調べる事になったようで
数日前から大騒ぎになっていますよ。」
「そうか・・・この国に・・・これはチャンスかも知れないな・・・」
マスターは顎に手をあて考え込みました。
(チャンスとは言ってもどうやって忍び込むか・・・
恐らく国をあげてのプロジェクト、警備はかなり厳重なはず
こちらはたったの二人・・・
なにか・・・なにか方法は・・・)
「マ・・・スター・・・スター・・・マスター・・・マスター」
「ハッ!ど、どうした!」
我に返ったマスターは居眠りを注意された子のように驚きました。
「マスター、さきほどから呼んでいますのに・・・」
少し頬を膨らませ第一ドールはご機嫌斜めのようだ。
「すまん、どう忍び込むか考えていた・・・」
「ふふっ、忍び込む必要なんてありませんわ・・・
この国にある間は展示会場で一般公開されるとの事です。
ですので、正面から堂々と入ればよいだけですわ。」
「なるほど・・・
今回の目的は鏡を壊す事が出来れば良いわけだから
チャンスはいくらでもあるという事か・・・」
「その通りです。」
(確かに、侵入するのは簡単だ。
だが、見物客もいる中でどうやって壊せばいい?
それだけ人も多いなら、鏡を正面から壊せたとしても捕まるのは時間の問題だ。)
「・・・で、作戦はあるのか?」
行き詰ったマスターは第一ドールに訪ねます。
そんな彼をよそ目にドールは「ふふっ」と笑って見せました。
「はい、私はドール、人形です。マスターは会場に入ったら目立たない場所に
私を置いて立ち去って下さい。私は展示が終わった夜のうちに鏡を破壊し
元の場所でマスターの迎えを待ちます。」
「なるほど、人間ではない以上、そう簡単に警備には引っかからないか・・・
わかった!それで行こう!」
希望の光が見えた。
よく聞く言葉だが、こういう時に使うものなのだろう
「案外簡単に行きそうだな!」
「はい、運は私たちに味方しています。
勝負は三日後、展示会場がオープンする初日、一番人が集まるでしょうから
人ごみに紛れて行動しやすいと思いますわ」
「わかった・・・三日後だな・・・」
不安と緊張、少しの背徳感と楽しみ・・・
マスターの心の中には沢山の感情が渦巻いていました。
展示会場がオープンするまでの三日間マスターとドールは沢山の話をしました。
話のほとんどはマスターからの質問でした。
「今回の事は事情は理解できたが、鏡の世界とは一体何なんだ?」
「なんなんだ?と言われましても・・・」
ドールは少し困ったような表情を浮かべ頬に手を置きます。
「それは私がマスターにこの世界は何ですか?と質問しているのと同じで
どうお答えしていいのか困るのですが・・・
恐らく違う宇宙に存在する、地球のような星・・・でしょうか」
空気を掴むような何とも言えない感覚
「私に分かっている事をお話ししますと、LOST MEMENTOは今分かっているだけで
五つの国に分かれています。
一つは私がいるダイヤの国、もう一つは私の妹がいるハートの国」
「え?姉妹なのに別の国?どういう事だ?」
現実世界ではまず起こらない事柄にマスターは困惑します。
「はい、ダイヤの国とハートの国は昔からとても仲がよく、王室の交流も盛んでした
ハートの国の王はダイヤの王を弟のように可愛がっていました。
ダイヤの王は妃を貰ったのですが、王妃は一緒になって直ぐにご病気になり
子供が産めない体になってしまいました。
ダイヤの王は妃をとても愛していた為、王室では第二の妃をと言う声もありましたが
王はどうしても首を縦には振れなかった・・・
その事を後継がいない事をハートの王に相談していたのです。
私が産まれた翌年妹が産まれ、それから数年が経ちました。」
懐かしむようにドールは窓の外を見つめます。
「ダイヤの国の王はよくハートの国に遊びに来ていて、私はとても
可愛がって貰っていました。
私も優しいダイヤの王が大好きでした。
しかし妹は人見知りが激しく、中々ダイヤの王には懐こうとはしませんでした。
私が7歳になった年に私か妹どちらかがダイヤの国の姫として
ダイヤの国の子供として養子に行く話が持ち上がりました。
私は迷わず私が行くと名乗り出たのです。
妹は中々ダイヤの国の王には懐かなかったですし、精神的にもとても弱い子でしたので
私は子供ながらにハートの国を離れての生活は困難だと考えたのです。
それに私はダイヤの王が大好きでしたので、特に抵抗はありませんでした。
このような経緯があり、私はダイヤの国の姫になりました。」
「なるほどなー、後継問題とかどこの国や星でも同じなんだなー。
っていうか、君はお姫様だったのか!姫様直々に外の世界に出向いて来るなんて
よっぽどの事なんだな。」
優しげだが少し悲しそうな表情でドールは微笑みました。
その小さな胸には沢山の傷跡が刻まれているのだろう。
「そして三つ目の国がクローバーの国、四つ目がスペードの国
五つ目がジョーカーの国です。
解っているだけと言ったのは、LOST MEMENTOはとても大きな惑星で
まだ解明されていない事が沢山あるのです。」
「大きいってどれくらい大きいんだ?」
「はい、その質問も正確に答える事が出来ないのですが、地球の数十倍でしょうか・・・」
「数十倍・・・想像が出来ないな・・・」
あまりにもスケールの大きな話にマスターは首を傾げます。
「私は元々はこの地球の魔女の家庭に産まれ、LOST MEMENTOに行きました。」
「ただ、魂だけの存在になってしまった為、そのまま長く生きる事が出来なかったのです。
私はLOST MEMENTOに飛ばされてから、暫く宛もなく彷徨いました。
そこでたまたまハートの国にたどり着いたのです。
ハートの国の王妃のお腹には子供がいました・・・が
その子はもうお腹の中で命の火が消えかけていたのです。
明日にも消えていく命・・・」
自身のお腹を抱え優しくさすり、語りかけるように続けます。
「でも、産まれてくる子供を楽しみにしているハートの王と王妃・・・
私はその子の命が消えた瞬間その体に入ったのです。
幸運と言えばそうなのかも知れません・・・私も魂の状態ではあと何日持つか
分からない命でしたし
ただ、あの時はハートの王が不幸になって欲しくない
ただその気持ちだけで思わず胎児の中に入ってしまったのです。」
「そうかぁ・・・なんて言ったら良いのか・・・余りにも非現実的な話で
混乱してきたけど・・・一応いきさつはわかったよ・・・」
少しぼんやりとした目のマスター
小説などで読んでいたような文章が実際に語られているのですから当然でしょう
「うふふ、話を続けて良いかしら?」
「あ、ごめん・・・どうぞ、続けて」
「はい、LOST MEMENTOとこの世界がどうして鏡で繋がってしまったのか・・・
正確な所は解っていないのですが、昔話では数百年前に存在した魔法使いが
たまたま作り出してしまった・・・とあります。」
「プッ、たまたまって・・・」
予想外の言葉に思わずマスターは吹き出してしまいました。
「昔のLOST MEMENTOでもこの国と同じように錬金術や魔法が盛んな時代が
あったのですが、少し違うのはLOST MEMENTOでは実用化に近い形で存在していたようです。
その時代にたまたまLOST MEMENTOの魔法使いがおこなった魔法と
この世界で使った魔法がシンクロしてしまい、お互いの部屋にあった鏡
どうしが繋がってしまったようなのです。」
「なんて二次元的な・・・いや・・・凄い話だなぁ・・・」
「ただ、その話しは嘘や作り話ではなさそうだな・・・現にこうして
ドールに魂を宿した君がいるわけだから・・・納得せざるをえないよな・・・」
目の前の現実を素直に受け止められずにマスターは複雑な表情を浮かべます。
「当時はお互いの星の魔法使いどうしが鏡を使って行き来していたと言う
話しも存在しています。
しかし、よからぬ事を考える魔法使いも少なくなく、作り出した魔法使いが
鏡を封印してしまったそうなのです。
そして、いつの日かその事も忘れられ、LOST MEMENTOでは鏡がどこに
あるのかも分からなくなったのですが、その鏡がジョーカー国にある事が分かった
のが4~500年ほど前と記載されています。」
少し第一ドールの表情が曇った気がしました。
「・・・・どうした?」
「あ、いえ、元々ジョーカーの国は国ではなく組織のようなものでした。
海賊、テロリスト・・・マフィア・・・この世界で言うとそのようなものでしょうか?
それが分かった当時はLOST EMENTOも今のような形でハッキリ国という形で分かれて
いた訳では無かったのですが、鏡の封印がいつ解かれるか分からない・・・
それも、鏡を持っているのはジョーカーと言われる組織です。
それを恐れたご先祖様達が、ジョーカーを、鏡の封印を監視する為に作ったのが
四つの国なのです。
四つの国はジョーカーを四方から囲む形で建国宣言をしました、ちょうどそれと同じ
時期にジョーカーも建国宣言をした事で、ジョーカーの国が大陸の真ん中に、それを囲む
形でスペード、クローバー、ハート、ダイヤの国が出来ました。
そうして各国からのジョーカーの国の動きと、鏡の封印を監視する事になりました。
各国が出来てからも、ジョーカー国からのテロ行為や略奪行為はなくなりません
でしたが、国という形になる以前よりは、各国が国防を考えるようになった事や
国境が出来た事もあり、以前よりは過激なものや、残虐なものの数は少なくなりました。」
「なるほどなぁ・・・
なんて言うか、歴史って・・・上手く言えないんだけど似てるって言うかさ・・・
どこの世界でも同じような道を歩むもんなのかなぁ・・・」
-------歴史は繰り返されるもの--------
ふとそんな言葉を思い出しました。
何故人は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか・・・
この子達は・・・
「それで・・・あ、そう君の名前聞いてなかったね?」
急に思いついたようにマスターは問いかけました。
「・・・私の名前ですか?」
自分の事を指差しながら第一ドールは首を傾けました。
「そうだよ、だっていつまでも第一ドールとか君とか呼ぶのも変だろ?」
「ふふっ、そうですね・・・フローラ、私はフローラ・グリーンフィールドです。」
「ありがとう・・・フローラか・・・素敵な名前だね。」
「・・・・・」
フローラは無言でじぃっとマスターを見つめました。
「ん?どうしたんだ?」
とマスターが問いかけると、恥ずかしいのか両手の指を意味もなく動かし
ながら視線をそらしました。
「あの・・・出来ましたら貴方様のお名前も伺いたいのですが・・・」
フローラはもじもじしながら言いました。
「あ、そうか、そうだよね。」
マスターから少し笑みがこぼれました。
「僕はネロ、クラウディオ・ネロって言うんだ
皆は僕の事マスターって呼ぶけどね・・・」
名前を聞けて安心したのか、フローラも微笑みました。
「ネロ様ですね。」
「いや、んー、マスターで良いよ、君の事はフローラって呼んで良いかな?」
「はい、分かりました。マスター・・ですね、勿論私の事はフローラと呼んでいただいて
構いません。」
二人は顔を見合わせてフフッと笑いあいました。
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